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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)3445号 判決 1999年12月16日

控訴人(附帯被控訴人、以下「一審被告」という。)

株式会社 神戸風月堂

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

三山峻司

小野昌延

右補佐人弁理士

【B】

【C】

被控訴人(附帯控訴人、以下「一審原告」という。)

ザ リッツ ホテル リミテッド

右代表者

【D】

右訴訟代理人弁護士

松尾和子

田中伸一郎

折田忠仁

主文

一  本件控訴及び附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告は一審原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成五年一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求(当審拡張請求を含む。)を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じ、これを三分し、その一を一審原告の負担とし、その余を一審被告の負担とする。

三  この判決一項1は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  一審被告

1  原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

2  一審原告の請求を棄却する。

3  本件附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用(附帯控訴費用を含む。)は、第一、二審とも一審原告の負担とする。

二  一審原告

1  本件控訴を棄却する。

2  本件附帯控訴に基づき原判決主文六項を次のとおり変更する。

一審被告は、一審原告に対し、金二七八五万三四〇八円及び内金一〇〇〇万円に対する平成五年一月九日(訴状送達の日の翌日)から、その余の金員に対する平成一〇年一〇月三日(附帯控訴状送達の日の翌日)から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴費用及び附帯控訴費用は、一審被告の負担とする。

(以下、一審原告を「原告」、一審被告を「被告」という。また、他の略称については、原則として原判決のそれによる。)

第二事案の概要

一  本件は、パリで「リッツ ホテル」を経営している原告が、神戸市で「ホテルゴーフル リッツ」の名称でホテル経営を始めた被告に対し、被告の行為が不正競争防止法(平成五年法律第四七号。以下、これを「新法」といい、同法律による改正前のものを「旧法」という。)二条一項一号の「周知表示混同惹起行為」に該当するとして、新法三条に基づき侵害行為の差止等を求めるとともに、新法四条、民法七〇九条に基づき損害賠償を求めた事案である。

二  基本的事実関係(争いがないか、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。なお、以下、書証の表示は、甲一などと略称し、枝番の全部を含む場合の枝番号の記載は省略する。)

1  原告

原告は、英国籍を有する法人であり、フランス共和国パリ市にある「リッツ ホテル(RITZ HOTEL)」という名称のホテル(以下「原告ホテル」という。)を経営している。

(甲二一・一九八)。

2  被告によるホテル営業の開始

被告は、本店を神戸市に置き、主に和洋菓子の製造及び卸売を業とする法人であるが、平成元年三月から、神戸市<以下略>において、「ホテル ゴーフル リッツ」及び「HOTEL GAUFRES RITZ」の名称(営業表示)を使用して、ホテル経営を開始した(以下、右の営業表示を「被告表示」といい、被告の経営する右ホテルを「被告ホテル」という。)。

被告は、被告ホテルの外装中、その正面上部に「HOTEl GAUFRES RITZ」と表示していたのを始め、ホテルの内装、ホテル内で使用する紙ナプキン、マッチ箱、紙製砂糖入れ及び爪楊枝の包み等の備品、ホテル案内、パンフレット等の宣伝媒介物、商品である菓子類を入れる金属製の缶、紙製パッケージないしこれらの商品を包む際に使用する包装用紙等のホテル内で販売する物品など、至る所に「リッツ」ないし「RITZ」の文字を使用していた。

(争いがない。)

3  被告による商標権の取得

被告は、「ホテルゴーフルリッツ」の片仮名文字を横書きにしてなる役務商標について、以下のとおりの商標権を取得した(乙二三五。以下、右の商標権を「被告商標権」といい、その商標を「被告商標」という。)

指定役務   第四二類「宿泊施設の提供、日本料理を主とする飲食物の提供、婚礼(結婚披露を含む。)のための施設の提供」

登録出願日 平成四年八月五日

出願公告日 平成六年四月一五日(商標出願公告平六ー一九七〇六)

登録日    平成六年一一月三〇日(登録第三〇一〇九六四号)

(争いがない。)

4  被告表示の使用廃止

被告は、本件訴訟が当審に係属中の平成一〇年七月一日から、被告の営業表示を「ホテル ゴーフル」と変更し、前記2のホテル施設の外壁看板、同施設周辺の案内表示、同施設内部の会場や案内板における表示、パンフレット、宿泊料金表、交通案内図、チラシ等における表示、さらには、客室用アメニティグッズや商品の包装用紙等における表示の変更も完了し、雑誌などでも、「ホテル ゴーフル」として紹介されている。(乙六二三ないし六二八、六三四ないし六三八、検乙九四、弁論の全趣旨)

右の事実及び弁論の全趣旨によると、被告は、既に被告表示の使用を廃止していて、再びこれを使用することはないものと認められるから、原告の本件請求中、被告表示の使用の差止等を求める部分(原判決主文一ないし五項)は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

したがって、以下においては、残る損害賠償請求を念頭に置いて、説示を進める。

三  争点

1  被告の行為は周知表示混同惹起行為(新法二条一項一号)に該当するか。

(一) 「リッツ(RITZ)」は、平成元年三月当時の日本において、原告の営業表示として周知性を有していたか。

(二) 被告表示は、原告の営業表示である「リッツ(RITZ)」と類似性があり混同のおそれがあったか。

2  違法阻却事由の有無(先使用権及び権利行使の抗弁)

3  被告は故意過失により原告の営業上の利益を侵害したか。

4  損害の数額

5  原告の請求は権利の濫用か。

第三争点に関する当事者の主張

一  争点1(一)(原告の営業表示としての「リッツ(RITZ)」の周知性)について

(原告の主張)

1 原告ホテルは、卓越したホテル経営者でありホテル王とも称される故【E】の総指揮の下に一八九八年に竣工したもので、設立当初から今日に至るまで世界の超一流ホテルとして不動の地位にあり、確固たる名声を獲得し続けてきた。同ホテルは、内装に贅を尽くしており、世界の王侯貴族、大富豪、有力政治家、著名作家(【F】等)、有名映画俳優等の世界的な著名人が多数宿泊利用した(【G】の常宿でもあった。)。また、同ホテルは、「昼下がりの情事」「巴里のアメリカ人」及び「雨の朝巴里に死す」の映画の舞台になり、その他にも著名な映画の舞台として、あるいはその背景の一部として度々利用されており、マスコミにおいても高い評価とともに頻繁に紹介されている。

英和辞典でも「RITZ」を引けば「リッツ ホテル」又はその創立者である【E】のことが掲載されているし、日本で発行されている世界のホテル案内の類において、その紹介又は記載のないものは皆無であり、しかもほとんど例外なく格別に質の高いホテルとして最大の賛辞をもって紹介されている。我が国の旅行会社のパンフレットをみても、同ホテルに宿泊することを一つの目玉としてツアーを構成しているものがあるほどであり、現に多数の日本人が宿泊利用している。

なお、原告は、日本を含めた地域において、「RITZ]の表示を付した比較的高級と目される商品の通信販売活動を行っている。

2 右のように、【E】がその才能と情熱を傾倒して作り出した実値的な特徴を具体的に装備した「リッツ ホテル」は、設立当初の経営者から原告に至るまで、【E】の経営方針に従って不断の努力により運営された結果、今日の「リッツ(RITZ)」の名声が築き上げられ、「リッツ(RITZ)」というだけで原告ホテルを指すものと認識されるに至り、被告の営業地域である阪神地方を含む日本全国においても、右の名称(表示)は、昭和五〇年代後半(遅くとも昭和六〇年初めまで)には、原告の営業の表示として広く認識されるに至った(以下、「リッツ(RITZ)」の表示を「本件表示」ともいう。)。

3 後記被告の主張2に対する反論

(一) 原判決事実欄第二の四(被告の主張に対する原告の反論)1、2(原判決三一頁末行から三八頁八行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(二) 本件では、ロンドンのリッツやマドリッドのリッツが訴訟を提起しているわけではないから、前記のように、本件表示が、原告の経営するパリの「リッツ ホテル」(原告ホテル)の営業表示として、日本国内で周知性を獲得している以上、他に、たまたま本件表示を使用しているホテルが存在したとしても、それだけで新法二条一項一号の適用が排除されるものではない。

(被告の主張)

1 原告の主張1、2は争う。

我が国には一流ホテルが多数存在し、「リッツ(RITZ)」なる名称について記載のある百科事典はほとんどないこと、また、原告は、日本国内において「リッツ(RITZ)」の名称を付した現実のホテルは未だ所有しておらず、日本に予約事務所も有していないこと、加えて、後記2のとおり、諸外国においては「リッツ(RITZ)」がホテル名として慣用的に多く使用されているという状況を考慮すると、日本国内とりわけ著名な被告ホテルが存在する京阪神地域において、本件表示が原告のみの営業表示として確立しているとは到底いえない。

2 本件表示(「リッツ(RITZ)」)は、そもそも原告(他人)の営業表示とはいえない。

(一) 表示の唯一性の不存在と識別力の欠如

本件表示を使用したホテルは、原告ホテル以外にも世界各地に多数存在し、その中でグレードの高いホテルは、【E】が関与したものを含め、「ホテル リッツ マドリッド」「ホテル リッツ バルセロナ」「リッツ インターコンチネンタル リスボア」「ホテル リッツ ロンドン」等が存在するところ、これらのホテルは、一つのグループを形成しているものではなく、異なる営業主体がそれぞれ「リッツ(RITZ)」を含む右のような営業表示を長年にわたり使用しているものであって、その著名度も優劣が付け難いほどである(ロンドンの「リッツ ホテル」の方がパリの原告ホテルよりも有名であり、マドリッドやバルセロナの「リッツ ホテル」も我が国では有名である。)。

したがって、「リッツ(RITZ)」の表示(本件表示)だけでは、どの営業主体(のホテル)を指示するのか不明であり、その所在地名を付加するなどして初めて、営業表示としての識別力を有するものということができる。

なお、最高裁判所昭和五九年五月二九日判決(民集三八巻七号九二〇頁)は、新法二条一項一号の「他人」性の範囲について、「特定の表示の持つ出所識別機能、品質保証機能及び顧客吸引力を保護発展させるという共通の目的のもとに結束しているものと評価することのできるようなグループも含まれる。」と判示しているところ、本件では、右の多数のホテルが右のような「共通の目的のもとに結束している」とはいえない。

(二) 普通名称等の使用(新法一一条一項一号)

「ritz」は、虚飾、見栄などといった意味の名詞として、「ritzy」はその形容詞として、一般に使用されている用語であり、欧米では慣用表示化されている。また、「Ritz」は、歌、小説、化粧品、映画、ビスケットの名称、さらには個人の名前、企業名にも用いられており、その意味は、スタイルや奢侈、優雅さや壮麗、高級といった感覚を伝えようとするものである。

このように、「リッツ(RITZ)」の名称は、ホテル営業以外の営業主体においても用いられているから、単に「リッツ(RITZ)」といっただけでは指示力はない。

二  争点1(二)(表示の類似性及び混同のおそれ)について

(原告の主張)

1 被告表示のうち、「ゴーフル(GAUFRES)」の部分は、被告が製造販売する洋菓子の一般名称であり、他方、「リッツ(RITZ)」の部分は、前記のとおり、【E】に淵源を有する原告のホテルの名称として広く知られているところ、右の「ゴーフル(GAUFRES)」と「リッツ(RITZ)」は、両者が常に一体として把握されるべき必然性はなく、両者を別個に把握し、呼称し、観念することもあり得るもので、「ゴーフル リッツ(GAUFRES RITZ)」の表示中「リッツ(RITZ)」が重要な部分であり、要部であるといえる。

そして、営業表示の類否は、取引の実情のもとにおいて、取引者、需要者が両者の外観、称呼、又は観念に基づく印象、記憶、連想等から全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するものとされているところ、右のとおり、被告表示の要部は「リッツ(RITZ)」の部分にあるから、被告表示と本件表示とは、全体として類似であるといえる。

2 被告が原告の営業表示として著名な「リッツ(RITZ)」の文字を使用してホテル業を営むことにより、ホテル業の関係者、一般の利用者は、原告が被告の営業を許諾している、あるいは、原告と被告との間に何らかの業務提携関係が存するかのような誤解を抱き、その結果、営業の主体につき混同を生ずるおそれが大である。

(被告の主張)

「ゴーフル(GAUFRES)」は、被告の主力商品に付された著名商標であって、一般名称ではない。「ゴーフル リッツ(GAUFRES RITZ)」は、「ゴーフル(GAUFRES)」と「リッツ(RITZ)」が結合する構成自体に識別性があるので、営業表示としては一体としてとらえるべきである。他方、原告の営業表示のうち「リッツ(RITZ)」の部分のみでは識別力は弱く、前記のとおり、「リッツ パリ(RITZ PARIS)」が原告の営業表示というべきであるから、原告の営業表示と被告表示とは非類似であり、混同のおそれもない。

三  争点2(違法阻却事由)について

(被告の主張)

1 先使用権(新法一一条一項三号)

被告は、平成元年三月、神戸市において被告ホテルを開業し、被告表示の使用を始めたが、その当時、本件表示は、右の被告営業地域において、原告の営業表示として未だ周知性がなかった。

2 権利行使の抗弁

(一) 被告は、スペインのバルセロナの「ホテル リッツ バルセロナ」(以下「バルセロナ リッツ」という。)と提携して、スペイン調のホテルに「ゴーフルリッツ」というホテル名を選定し、平成元年から数年間にわたり、原告と営業上の競争をする意思は全くなく平穏公然と誠実に営業を続けた後、前記第二の二3のとおり、平成四年八月五日、「ホテルゴーフルリッツ」という役務商標(被告商標)の出願をし、特許庁の審査を経て、平成六年一一月三〇日登録され、右商標の使用につき権利の推定効を有していた(旧法六条参照)。

旧法六条が削除された現在でも、少なくとも、右のように、新法施行前から継続して使用している商標について、権利の推定効を制限するためには、その行使が「権利濫用にわたるという一般原則」に該当する事実を原告が主張立証すべきである。

(二) 本件において、被告には、被告表示の使用により原告の業務上の信用、顧客吸引力を利用する意図はなかったし、また、被告は、右商標の登録前からホテル営業を独自に行い、その信用、名声は、本邦特に京阪神地域において好評を博するまでになっていたのに対し、原告は、日本国内でホテル業を行っておらず、現実の競業はなされていないのであって、被告には不正競争の目的はなかった。

(三) したがって、被告による被告商標権の行使は権利の濫用とはいえないから、被告表示の使用も、権利の行使として違法性を欠くものである。

(原告の主張)

1 前記のとおり、本件表示は、被告が被告表示の使用を開始する前である遅くとも昭和六〇年初めまでに我が国において広く知られていたのであるから、被告には先使用権はない。

2 また、被告は、本件表示が原告の営業表示として著名であったことを、被告商標の出願前に既に知っていたものであるから、被告商標権の行使は、原告との関係では正当な権利行使とはいえず、違法性を阻却しない。

3 原告は、被告商標に対し、平成七年八月一七日、無効審判を提起し、平成一〇年三月二七日、被告の右登録商標を無効とする審決を得た。

四  争点3(故意過失による営業上の利益の侵害)について

(原告の主張)

1 原告は、本件表示から生ずるグッドウィルを自己の信用、評判を示す無形の財産権として享受する地位を有していたにもかかわらず、被告は、何らの権原もなく右表示を使用して原告に帰属すべき右の利益を不当に享受し、その結果、原告に対し損害を与えた。

原告は、日本において、パリに所有する原告ホテルに関する営業活動を行っており、被告の右行為により、営業上の利益を害された。

2 原告は、平成三年八月三〇日付けをもって、被告に対して本件表示の使用中止を求める警告状を発しているから、被告の右行為は少なくとも過失に基づくものである。

(被告の主張)

1 前記のとおり、被告ホテルに使用していた被告表示は、バルセロナ リッツとの提携によるものであり、原告の営業表示にただ乗りする意図は全くなかった。

被告は、右提携の際、右ホテルのオーナーに対し、「RITZ」の表示を被告ホテルの表示中に使用することの許諾を申し出たところ、右オーナー等から、「RITZ」の表示については世界において誰もこれを許諾する権原はないので、被告が「RITZ」の名称を使用するのに異存はないが、許諾契約等はできないとの説明を受けたため、ホテルの内装、建築様式等につき協力を得ることなどを内容とする提携契約を締結したものであって、被告の行為が不正競争行為に当たるなどという認識はなかった。また、バルセロナ リッツの本には、【E】の長男の夫人である【H】が同ホテルのすばらしい運営について祝意を示しており、同ホテルも間接的には【E】と関係があり、同人の名声を損なわないホテルといえる。

2 原告は、日本国内でホテル業を行っていないのであるから、被告の行為により原告の営業上の利益が侵害されたということはない。

五  争点4(損害の数額)について

(原告の主張)

1 原告の営業上等の損害

原告が、「RITZ」ないし「リッツ」の商標保護のため特許庁の手続において日本国内の代理人に支払義務を負った金額は二七九九万七一一〇円に及ぶ。

特に、原告は、被告が「RITZ」ないし「リッツ」を含む商標についてなした商標出願、商標登録に対して、異議、無効審判を提起したが、これらの商標出願は、被告の本件不正競争行為の一環としてなされたものであるから、これらの手続において生じた原告の出費は、右不正競争行為に基づく直接の損害というべきである。

したがって、被告の本件不正競争行為により原告に生じた損害は一〇〇〇万円を下らない。

2 弁護士費用

原告は、原審で主張した平成七年一二月までの弁護士費用一二六一万八八五三円に加えて、その後、五二三万四六三五円の弁護士費用を負担した。

したがって、現在までの費用負担額は、一七八五万三四〇八円(一七八五万三四八八円の誤記と思われる。)である。

(被告の主張)

原告が、「RITZ」ないし「リッツ」の商標保護のため特許庁の手続に費用を支出したとしても、右損害は本件と因果関係がないというべきである。

六  争点5(権利濫用)について

(被告の主張)

次のような事情に照らすと、原告の本件請求は、権利の濫用というべきである。

1 原告は、前記のように、本件表示が唯一性、独自性のある強い名称ではないにもかかわらず、経営者が交代してから覇権的色彩を強め、これを独占しようとして、本訴を提起した。

2 一方、被告は、善意で「リッツ(RITZ)」を付した表示を使用するようになったもので、不正競争目的を有していない。

3 原告は、日本国内にホテルを有しておらず、原告ホテルと被告ホテルの営業について、現実の混同は発生していない。

第四争点に対する判断

一  争点1(一)(原告の営業表示としての「リッツ(RITZ)」の周知性)について

1  証拠(甲一〇ないし一八、二一ないし二六、二九、三二ないし六〇、六二、八七、九二、一〇五、一二四、一三〇ないし一四六、一五二、一五四ないし一五七、一六〇ないし一六二、一六五、一六六、一七一、一七二、一七五、一八五、一九七ないし二〇一、二〇五ないし二一六、二二四、二二九、二五五、二六二、二六三、二六五、乙一、九一、九二、一九五、一九六、二〇〇、二三六、二三七、二四〇、二四三、二四四、二五一ないし二五七、二七〇、二七一、二八二ないし三〇七、証人【I】の原審証言)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、一八九六年に英国法に基づき設立された法人であり、パリのバンドーム広場に所在する原告ホテルを経営しているところ、右ホテルは、一八九八年に後に世界のホテル王と称される【E】によって開業されたホテルであり、その名前をとって「リッツ ホテル(RITZ HOTEL)」と称しているが、「ホテル リッツ(HOTEL RITZ)」「リッツ パリ(RITZ PARIS)」などと称することもあり、単に「リッツ(RITZ)」と略称されることも多い。

バンドーム広場は、一七世紀末、ルイ一四世が作った広場で、ベルサイユ宮殿を建てた【J】がその建築を担当した。一八世紀初頭、右広場に面している壁を利用して館が建築されたが、【E】は、右建物をホテルに改装し、原告ホテルの営業を始めた。

原告ホテルは、当時の建築様式を維持しつつ改装がなされ、調度品などの優美さ、豪華さに加え、当時としては最新の設備を導入し、きめ細かいサービスがなされる等(設立当初の状況は必ずしも明らかではないが、平成五年当時、部屋数が一八七室であるのに対し、従業員は五〇〇名を越える。)、創立以来、世界のトップクラスのホテルとして高く評価され続けてきた。

その宿泊利用者には、王侯貴族、著名な政治家(チャーチル首相、セオドア ルーズベルトやジョン F ケネディら米国大統領)や実業家(【K】、【L】)、作家(【F】)、俳優等各界の世界的著名人が多数名を連ねており、【G】(服飾デザイナー)は、その晩年原告ホテルを住まいとし、その部屋は、現在、原告ホテルにおいて「【G】スィート」として人気を有している。

また、右ホテルは、「昼下がりの情事」(一九五八年ころ一般公開)、「巴里のアメリカ人」(一九五一年ころ一般公開)、「雨の朝巴里に死す」(一九五五年ころ一般公開)等の著名な映画の舞台としても利用された。

(二) その後、一九七九年、原告の経営権が【E】の遺族らから現在の経営者に譲渡され、原告ホテルは、一九八八年までの九年間にわたり、約二億ドルをかけた大規模な改修工事がなされ、内装、設備の改良とともに、新たにフランス料理学校、豪奢なヘルスクラブ等の施設が併設された。

原告ホテルは、国際的な金融ビジネスマンを対象とした世界のホテルランキングにおいて、昭和五九年には一三位に、昭和六〇年には九位に、平成元年には三位に、平成二年には四位に、平成六年には五位に、平成七年には九位に位置づけられている。

(三) 出版物などによる紹介

原告ホテルは、日本で発行されている各種新聞(昭和六〇年以降のもの。甲一四四ないし一九六)、雑誌(昭和二九年以降のもの。甲七、一九、二二、二三、二〇五ないし二一五、二八四、二八五)、海外旅行案内(昭和四六年以降のもの。甲二五、二六、三〇、九二、九六)などにおいても高級ホテルとして多数回紹介されている。

その一例をとると、昭和四九年二月、日本交通公社から出版された「海外ガイド②<フランス1>パリ、ベルサイユ、ロワール」(第三版のもので、初版は昭和四六年に出版)には、原告ホテルについて「リッツはパリで最も有名なホテルで、パリで最も威厳のある広場に建っている。宿泊客は世界的に著名な人が多い。」と紹介されている(甲二五)。

(四) 原告ホテルの日本国内における営業活動について

原告は、平成元年には、日本人をセールス マネージャーとして採用するのを始めとし、次のとおり、日本人旅行客獲得のために、活発な営業活動を行っている。

原告は、世界各国のホテルを構成員とする「ザ リーディング ホテルズ オブ ザ ワールド リミテッド」の日本事務所を通じて、原告ホテルについて日本における営業、予約関係の活動を行っているほか、原告ホテルの宣伝のため、平成五年二月には東京、大阪で旅行業者、旅行関係プレスを対象としたプロモーションを行い、平成六年ないし八年の各三月には東京の高輪プリンスホテルにおいて、原告ホテルから総料理長らを招いて同ホテルの料理を提供するという「リッツ パリ グルメ ウォーク」を開催するなどしている(右グルメフェアは、フジテレビの番組「ワーズ ワースの庭で」においてそのころ宣伝放送された。)。

また、原告は、原告ホテル内にフランス料理学校を設け、日本の会社を通じて日本国内において予約、広告活動を行っており、菓子のコースでは五割以上を日本人受講者が占めるに至っている。

これらの活動の結果、原告ホテルにおける日本人の宿泊利用者数は増加を続け、平成元年から平成五年までは年平均二五〇〇人であり、ホテル全体の一一パーセントから一五パーセントを占めている。

また、原告は、昭和六一年から五年間、日本のインペリアル エンタープライズ株式会社を通じて、「RITZ」の商標を使用した食器、小物等の各種商品について通信販売をしており、平成五年以降は、内野株式会社とライセンス契約を締結し、同社は、日本において「RITZ」の商標を付したタオル製品等の販売活動を行い、右商品は全国の有名百貨店において取り扱われている。

(五) 日本で発行されている各種英和辞典(昭和五二年から平成二年発行のもの。甲一〇ないし一八)によると「ritzy」の単語は、「見せびらかし」「見栄」等を意味する形容詞であるが、これは【E】が創設した高級ホテル「リッツ ホテル」の名に由来するものであるとの記載が認められる。

また、公共の施設、建造物の名の前に「the」を付する場合の説明として、「バチカン宮殿(the Vatican)」や「大英博物館(the British Museum)」などと並んで、「the RITZ」が「リッツ ホテル」を意味する旨の説明がある。

2 以上の認定事実によると、原告ホテルは、世界でも最も著名な都市のひとつであるパリにおいて特に著名なホテルであるといえるところ、平成元年三月以前の日本国内においても、パリにおける高級ホテルとして紹介され、一部の旅行客の宿泊先として利用され、ホテル業者、旅行業者だけでなく、パリを旅行しようとする者やパリを始めとする海外旅行に関心のある一般消費者の間で、広く認識されていたということができる。そして、前記1(一)のとおり、原告ホテルは、正規の名称である「リッツ ホテル(RITZ HOTEL)」のほか、「ホテル リッツ(HOTEL RITZ)」「リッツ パリ(RITZ PARIS)」などと称することもあり、単に「リッツ(RITZ)」という略称で呼称されたり、表記されたりすることも多かったというのであるところ、右のように「リッツ(RITZ)」と組み合わされて表示されることのある「ホテル(HOTEL)」は一般名称であり、同じく「パリ(PARIS)」は地名を表すものであるから、その営業表示の要部は「リッツ(RITZ)」ということができる。

そうすると、右の「リッツ(RITZ)」という名称(表示)は、原告ホテルを指称するものとして広く知られていて、被告ホテルが営業を開始した平成元年三月当時の日本においても、原告の営業表示として周知性を獲得していたものであり、その後もその周知性はさらに高まっているものと推認することができる。

3  被告は、平成元年三月当時、原告の営業表示は日本において未だ周知性を獲得していなかったと主張し、その根拠として、(1)平成元年三月以前における出版物や新聞等において、原告ホテルについて記載されたものが少ないこと、(2)平成七年に流通科学大学商学部の【M】教授の実施したアンケートによると、原告ホテルを知っている者は有効回答数一二三名中で二名(一・九パーセント)に過ぎないことを指摘する。

(一) 右(1)の点については、確かに、平成元年以前の出版物で、本件の証拠として提出されたものは数点に過ぎないけれども、本件では、原告表示が外国ホテルとしてどの程度の周知性があったかという観点で考えるべきであるから、その周知性の認定のためには、ホテルや旅行に関係のない書籍にまで取り上げられることを必要とするものではないというべきところ、前記1の認定事実からすると、平成元年以前から、パリの観光案内を内容とする旅行案内書においては、原告ホテルがパリでも有数の高級ホテルとして紹介されてきていたことが推認できるのであって、本件訴訟に提出された証拠によって、前記のとおり、原告ホテルが、世界でも最も著名な都市のひとつであるパリにおいて、特に著名なホテルであり、「リッツ(RITZ)」が原告ホテルの営業表示として、平成元年三月以前から日本国内においても周知であったと認定しても、不合理ではない。

なお、被告は、原告ホテルが平成元年当時日本で最も有名な海外ツアーであるJTBの「LOOKヨーロッパ旅行」のパンフレット(乙六四六)にさえ紹介されていないとも主張するが、右のツアーに選択されなかったという一事をもってしても、前記認定を左右するには足りない。

(二) 右(2)のアンケート結果については、確かに、証拠(【M】教授の報告書及びその資料。乙三六八の1、三八五)によると、被告の指摘するとおりのアンケート結果の存在が認められるけれども、右アンケートは、全国から無作為により抽出した母体を対象としたもので、本件のような海外における高級ホテルの周知性を認定するための資料としては、対象母体の選定方法に疑問があるといわざるを得ないから、これをもってしても、前記認定の妨げにはならないというべきである。

4  被告は、世界各国に異なる営業主体によってそれぞれ「リッツ(RITZ)」を含む営業表示が長年にわたり使用されているから、本件表示だけではどの営業主体のものか識別できず、これをもって原告の営業表示とはいえないと主張する(被告の主張2(一))。

(一) 確かに、証拠(甲一四五、二〇二、二一八ないし二二四、乙一ないし一五、一九三、一九四、二五三ないし二五六、)によると、

(1) 被告主張のとおり、「リッツ(RITZ)」の名称を付した複数のホテルが、日本国内で出版された旅行ガイドブック等で紹介されているところ、そのうちの一つであるロンドンの「リッツ ホテル」は、原告ホテルと同様、世界のホテル業界において高級ホテルに位置づけられており、同ホテルの案内パンフレットにおいては、同ホテルが【E】の名声と信用を受け継ぐホテルであることを宣伝していること(なお、被告は、ロンドンの「リッツ ホテル」の方が原告ホテルより有名であると主張するが、そこまでの事実を認めるに足る証拠はない。)、

(2) また、マドリッドの「リッツ ホテル」も世界のホテルランキングで、昭和五九年及び同六〇年に一〇位に、昭和六三年に二六位になり、日本の旅行会社の宿泊施設のランク付け等においても最高級に位置づけられるなど、世界の高級ホテルとして評価されていること、

(3) 右の他にも、「リッツ(RITZ)」を付する多数のホテルが、グレードの高いホテルとして紹介されていること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二) しかし、他方で、証拠(甲二一、三一、一九七、二〇二、二一七、二一八、二一九ないし二二三、二二七、二二九、二四七、二五五、乙一ないし四、九〇ないし九九)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実も認められる。

(1) 【E】は、一八九七年、原告(一八九六年設立)とは別に、「ザ リッツ ホテルズ ディベロップメント コムパニー」(以下「リッツ ディベロップメント コムパニー」という。)を設立し、右会社は、翌年、ロンドンに「カールトン ホテル」を建設した後、一九〇六年には同じくロンドンに「ザ リッツ ホテル」を、一九〇七年にはニューヨークに「ザ リッツ カールトン ホテル」を、マドリッドに「リッツ ホテル」をそれぞれオープンし、各ホテルの経営のための各別の子会社を設立した。

また、一九一二年にはモントリオールに、一九二六年にはボストンに、一九七五年にはシカゴに、それぞれ「ザ リッツ カールトン ホテル」という名称のホテルがオープンした。

(2) 【E】は、一九〇八年、フランスにおいて商標「RITZ」を登録し、ベルンの知的所有権国際局にこれを商標登録した上、一九〇九年、「リッツ ディベロップメント コムパニー」に対し、米国及びスペインにおける商標「RITZ」の排他的使用権を付与した。

そして、右の使用権を取得した「リッツ ディベロップメント コムパニー」は、一九一〇年、「カールトン インベストメント コムパニー」に対し、ニューヨークを除く北米において商標「RITZ」を使用する権利を、また、「リッツ カールトン ニューヨーク」に対し、ニューヨークにおいて商標「RITZ」を使用する権利を、それぞれ付与した。

(3) 【E】(一九一八年死亡)の相続人である【N】は、一九二〇年、前記(2)の商標権を原告に譲渡した。

そして、これを受けて、一九二六年、ロンドンの「カールトン ホテル」及び「リッツ ホテル」の各経営者、「リッツ ディベロップメント コムパニー」、【N】及び原告の五者は、「リッツ(RITZ)」の使用につき契約を締結し、原告名義の右商標権の登録が五名全員のためになされたものであることを確認した。

また、右の五者は、一九三二年、「リッツ ディベロップメント コムパニー」に属する「RITZ」の商標権を原告に移転する契約を締結した。

(4) 原告は、一九五五年、ポルトガルのリスボンに建設が計画されていたホテルに対し、「RITZ」の名称を使用する権利を付与し、一九七六年、「リッツ ディベロップメント コムパニー」が、その経営を譲渡したのに伴い、同社が有していた「RITZ」の商標に関する各種権利を買い戻した。

(5) ロンドンの「リッツ ホテル」は、これを経営していた「ザ リッツ ホテル(ロンドン) リミテッド」が一九七六年に「トラファルガー ハウス インベストメンツ」に買収されたのを契機に、それ以降「トラファルガー ハウス PLC」の所有の下に置かれていたところ、右「トラファルガー ハウス インベストメンツ」と原告は、一九八五年、共同で「リッツ プロダクツ (UK) リミテッド」を設立して「RITZ」の商標を付した商品を販売する契約を締結し、これによって、両者は、「RITZ」の表示に化体された名声と信用を維持、共有する関係になった。

(6) 「ダブリュ ビー ジョンソン プロパティズ インコーポレーテッド」は、ボストン、シカゴ、ワシントン特別区、モントリオールにおいて「リッツ カールトン」の名称でホテルを経営していた会社を買収した後、一九八八年、原告との間で、「リッツ カールトン」の一部として「RITZ」の商標を使用する権利を得る契約を締結した。

(7) バルセロナの「リッツ ホテル」は、一九一九年に開業した歴史のある高級ホテルであり、マドリッドの「リッツ ホテル」により名称の使用を許諾されているが、バルセロナの「リッツ ホテル」においてさらに第三者に対して名称使用を許諾することは認められていない。

(8) 以上の他にも、「ザ リッツ ホテル タイペイ」「リッツ プラザ」「リッツアカプルコ」等、「リッツ(RITZ)」の表示を付したホテルが存在するが、これらは原告ホテルと何ら関係がない。

(三) 右(一)、(二)で認定した事実によれば、原告ホテル以外にも「リッツ(RITZ)」の表示を付したホテルが多数存在するけれども、その多くは、【E】の関与により設立されたもの、もしくは原告から「リッツ(RITZ)」の表示の使用を許諾されている関係にあるということができる。そして、これらの「リッツ(RITZ)」は、いずれも【E】に由来するものであるところ、原告ホテルは、同人の思想を初めて体現させたホテルであって、右多数のホテルの表示として使用される「リッツ(RITZ)」の名声と信用の形成に最も寄与したもので、いわばこれらのホテルの代表的な存在として知られるようになり、「リッツ(RITZ)」という表示は、原告ホテルを指称するものとして認識されるに至っているということができる。

そうすると、右のように、原告との関係で「リッツ(RITZ)」の表示を正当に使用する複数のホテルが他に存在するからといって、「リッツ(RITZ)」の表示(本件表示)の識別力が否定される謂われはないし、また、右の表示が原告の営業表示として周知されているという前記認定が左右されるものでもないというべきである。

そしてまた、右のようなホテル以外に、前記(二)(8)のように、「リッツ(RITZ)」の有する顧客吸引力に只乗りするホテルが多少存在するとしても、本件表示の識別力や周知性が減殺されることにもならないというべきであるから、被告の前記主張は採用できない。

(四) 被告は、本件表示が、最高裁判所昭和五九年五月二九日判決において述べられた他人性の要件を満たしていないとも主張するけれども、右判決は、特定の表示に関する商品化契約によって結束されたグループが「他人」に該当することを認めたものであって、本件とは事案を異にするものと解されるから、被告の右主張も採用の限りではない。

5  なお、被告は、本件表示は普通名称等を使用したものにすぎないとも主張するが(被告の主張2(二))、新法一一条一項一号にいう「普通名称等」に該当するためには、単に日常用語として使用されているだけでは足りず、当該営業において慣用されていることを要するところ、本件全証拠に照らしても、本件表示がホテル業において慣用的に使用されていることを認めるに足りないから、被告の右主張は採用できない。

二  争点1(二)(被告表示と本件表示の類似性及び混同のおそれ)について

1  本件表示である「リッツ(RITZ)」は、前記のとおり、原告ホテルの営業表示として日本国内において周知性を有しているところ、被告表示のうち「リッツ(RITZ)」の部分は、本件表示と外観、称呼上全く同一である。

しかして、被告表示は、右の「リッツ(RITZ)」の前に「ホテル ゴーフル(HOTELGAUFRES)」が付加されたものであるところ、そのうちの「ホテル(HOTEL)」の部分は一般名称であるが、「ゴーフル(GAUFRES)」の部分は、被告が製造、販売する主力菓子製品の名称として著名であり、被告の営業たることを示す代名詞ともいえるものと認められる(乙一八八、証人【O】の原審証言)。

被告は、右の「ゴーフル(GAUFRES)」と「リッツ(RITZ)」とを一体としてとらえるべきであると主張するが、洋菓子の名称である「ゴーフル(GAUFRES)」の表示と、著名なホテルの名称である「リッツ(RITZ)」の表示とを結合したからといって、別個の新たな観念が生ずることはなく、単に右の二つの表示が並存しているにすぎないというべきである。そしてまた、「ゴーフル(GAUFRES)」が被告の主力商品の名称として著名であるとしても、前示のようなホテル業における「リッツ(RITZ)」の著名性と対比すると、被告表示における「リッツ(RITZ)」の比重が「ゴーフル(GAUFRES)」よりも低いとはいえないのであるから、被告表示は、全体として、原告の営業表示としての本件表示と類似性があるということができる。

2  新法二条一項一号にいう「混同を生じさせる行為」とは、他人の周知の営業表示と同一または類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一営業主体と誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列会社などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をも包含すると解するのが相当であるところ(最高裁判所昭和五八年一〇月七日判決・民集三七巻八号一〇八二頁参照)、原告及び被告の営業は、いずれもホテル業であることから、被告が、原告の営業表示として顧客吸引力を有する本件表示を含む被告表示を使用する行為は、ホテル業者、旅行業者及び一般需要者をして、原告と被告との間に本件表示に化体された顧客吸引力を供与するためのライセンス契約等、何らかの営業上の緊密な関係があるものと誤信させるおそれのある行為(いわゆる広義の混同行為)に該当するものということができる。

三  争点2(違法阻却事由)について

1  先使用権の抗弁について

被告は、被告表示の使用が開始された平成元年三月当時、原告の営業表示は、被告ホテルの営業地域において周知性を具備するに至っていなかった旨主張するが、原告ホテルの営業表示である「リッツ(RITZ)」は、平成元年三月当時、既に日本国内において周知のものとなっていたことは前記認定のとおりであるから、被告の右主張は理由がない。

2  権利行使の抗弁について

前記第二の二3のとおり、被告は、平成四年八月五日「ホテルゴーフルリッツ」の片仮名文字を横書きしてなる被告商標の登録出願をし、平成六年一一月三〇日登録されたものである。

したがって、旧法六条が削除された現在においても、同条の趣旨を忖度して違法性を判断すべきであるとの被告の主張には一理あるけれども、本件においては、

(一) 前記のとおり、本件表示は、右被告商標の登録出願前である平成元年三月当時(被告ホテルの開業当時)には、既に日本において原告ホテルの営業表示として周知性を獲得していたこと、

(二) 被告は、原告と同様のホテル業を営む者である以上、開業当時においても「リッツ(RITZ)」が原告の営業表示であることを当然知っていたものと推認できること、

(三) 原告は被告に対し、被告の右登録出願の約一年前の平成三年八月三〇日到達の書面によって、本件表示の使用の中止を求めていること(甲二二八)、

(四) 原告は、平成七年八月一七日、被告商標権に対する無効審判を提起したところ、平成一〇年三月二七日、右登録商標を無効とする審決がなされたこと(甲二七四、乙二三五)、

以上の事実を認めることができ、これらの事実を総合すると、被告商標の使用行為は、原告に対する関係では、権利の濫用であって正当な権利行使とはいえず、違法性阻却事由には当たらないというべきである。

被告は、バルセロナ リッツとの提携関係を主張するが、被告の主張によっても、被告がバルセロナ リッツから「リッツ(RITZ)」の表示の使用を許諾されたわけではないというのであるから、被告の右の主張は失当である。

四  争点3(被告の故意過失による原告の営業上の利益の侵害)について

1  以上一ないし三で認定した事実関係によれば、被告は、被告ホテルを開業するに当たり、本件表示が原告ホテルの営業表示として周知性を有していたことを容易に認識し得たものといえるから、被告の前記不正競争行為は少なくとも過失に基づくものということができる。

2  そして、前記のように、原告ホテルは、現在の世界のホテル業界においてその伝統と格式から最高級ホテルとして高い評価を得ていることが認められるところ、証拠(甲一ないし七、三二ないし六一、八六、一一〇、一二六、一二九、二五六ないし二五八、二七二、二七三、二八〇、二八一)及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件表示に化体された名声、信用、顧客吸引力等を保持するために営業努力を継続するとともに、日本を含む世界各地において、「リッツ(RITZ)」の標章について商標登録を行い、あるいは右表示の有する高級なイメージ、顧客吸引力等を無断で借用する事業者に対して警告を発し、又は抵触する商標登録に対する異議申立てや訴訟を提起する等の法的手段を採り、これについて相当の費用を費やしていることが認められる。

そうすると、被告は、被告ホテルの営業を行うに際し、本件表示を含む被告表示を使用したことにより、原告との間に業務上の提携関係等何らかの緊密な関係があるかのような印象を与え、伝統と格式ある本件表示のイメージを毀損するとともに、その表示の有する信用、名声、顧客吸引力などの利益を不当に利用して、原告の営業上の利益を侵害したものといわざるを得ない。

なお、被告が指摘するとおり、原告は日本国でホテル業を行っていないけれども、この一事をもって営業上の利益の侵害を否定することはできない。

五  争点4(損害の数額)について

1  前記四で説示したように、原告は、被告の行為によりその営業上の利益を侵害されたものであるところ、その損害は無形の損害であって、性質上一義的にその数額が算定されるものではなく、原告の営業内容、宣伝広告活動、被告の営業内容、事業規模、被告表示の使用期間等の諸般の事情を考慮して、原審と同額の金三〇〇万円とするのが相当である。

原告は、「リッツ(RITZ)」の商標保護のための手続に費やした代理人に対する報酬等の費用は直接の損害であると主張するけれども、右の費用と本件の被告の行為との間に相当因果関係を認めることはできないというべきである。

2  次に、原告がその訴訟代理人弁護士に本件の訴訟の提起、追行を委任したことは訴訟記録上明らかであるところ、本件事案の内容、本件訴訟の経緯、認容額に鑑み、被告の不正競争行為と相当因果関係にある損害として被告が原告に賠償すべき弁護士費用の額は金三〇〇万円と認めるのが相当である。

六  争点5(権利の濫用)について

以上一ないし五で説示してきたところからすると、原告の本件損害賠償請求が権利の濫用であるとの被告の主張が失当であることは明らかである。

七  結論

以上によると、原告の本訴請求は、被告に対し、損害賠償として金六〇〇万円の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であるから、これと異なる原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 小原卓雄)

裁判官山田陽三は、差支えのため署名捺印することができない。裁判長裁判官 鳥越健治

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